[案内場所]開港記念資料館、山手公園、港の見える丘公園、百段階段
[ゲスト]2名(ドイツ婦人とオランダ人の夫)
[KSGG会員]1名
[使用言語]英語
1907年~1912年初めまで山手40番のドイツ海軍病院に勤務されていたおじい様の足跡を探したいと希望されるドイツ婦人とその夫を案内した。
ゲストは約束の時間丁度に関内駅南改札に到着。準備していた日本の開国関連の若干の資料とwebで収集した横浜ドイツ海軍病院(1911年に青島に移転の為に閉鎖)に関する資料について説明し、先ずは開港資料館の資料閲覧室に案内して開港から明治にかけて発売された横浜彩色絵葉書を収録した本を閲覧してもらった。その中の沢山の絵ハガキがゲストの家にもあることでゲストは感激、かなりの時間をかけて全ページのチェックが終わった。
事前の情報収集で、同閲覧室が保有する内務省地理局編纂の横濱実測図(1881年)でドイツ海軍病院があった山手40番(現在は40番の地番なし)は山手公園テニスコート前のフェリス女学院付近であることがわかっていたのでゲストをそこへ案内した。百数年前のおじい様の足跡の残る場所でゲストは大感激の様子で写真を何枚も撮り、親族に報告すると話されていた。『明治末期の横浜に約5年間単身赴任し、故国の家族に数多くの絵ハガキや手紙、写真を送り、勤務していた病院の閉鎖を見届けて大さん橋から船に乗って帰国した一人のドイツ人が居り、その地を100年後に孫が訪ねる』のを手伝いするという、得難い体験をさせていただいた一日であった。