[案内] 露店通り、竹飾りスターモール、[IES]平塚市国際交流協会主催の日本文化紹介サロン
[ゲスト] AOTS(YKC)インドネシア介護福祉士候補生54名(女43、男11)
JICA研修員7名(エルサルバドル2、グルジア、カンボジア、コロンビア、ウルグアイ、チャド各1)
[使用言語] 英語、日本語
[KSGGガイド会員] AOTS 22名 (オブザーバー) 1名 (一般) 5名 (その他) 2名 JICA 4名 (その他)1名
[IES協力会員] 5名 (その他) 1名
☆ AOTSインドネシア介護福祉士候補生を案内して
第61回目となるひらつか七夕まつりは、東日本大震災の復興を願い、昨年までの大きなイベントは中止、縮小されて行われた。色
ゲストは来日したばかりのAOTS(YKC)でこれから6ヵ月間日本語に励むインドネシア介護福祉士候補生と、JICA研修員であった。第2グループの研修生は会員のひらつか七夕まつりの由来、七夕のロマンス物語等を聞いて出発した。研修生は昼食を後回しにして100円ショプで生活用品を買った。食べ物には制限があり、コンビニの食べ物、飲み物で済ませた。竹飾りの華やかさに驚き、平塚太鼓を少し見て[IES]にたどり着いた。平塚市のボランティア達からやさしい日本文化をひとりひとり手をとって教えて貰った。
暑い中何も特別なこともしてあげられなかったが、会員の親切な思いやりのあるガイドで楽しんで貰ったようだ。何かの時に思い出してくれると思う。私達会員は研修生が国家試験に向けてがんばって合格できることを祈っている。
今回[IES]を開催していただいた沢山の方々ありがとうございました。イベントがなかったお祭ではゲストにとっては[IES]が何より嬉しかったに違いない。
☆ JICA研修員を案内して
JICAスタッフに同行された7人が到着。彼らをいかにして楽しませるか?彼らから国の事について色々聞く事が出来る楽しみでガイドをスタートした。
道は人を掻き分けながら進む様な状態で、7人への説明は難しかったので、自由行動にすることにした。私は、アフリカのチャドから来た人を誘い、スターモールを歩きながら、金魚すくい、七夕飾り、短冊に書かれている願い事などを説明しながら写真を撮ったり、質問に答えながら時間は過ぎ、ランチはハンバーガー店でとった。
集合場所で全員が揃ったのでIESセンターに行き、折り紙、けん玉、書道にチャレンジ、漢字の書き方に苦労していたが個性ある漢字が書け、また折り紙では鶴、難しいかぶとも出来ていた。
彼らに聞いたら、日本文化が体験できてよかったとの感想だった。暑いガイドだったが、先輩会員の適切なアドバイスやサポートで彼らにとって楽しい1日だったようだ。
又JICAのスタッフとも交流ができてよかったと思う。
☆ [IES]に協力しました。
真夏の太陽の照りつ
ける日差しの中で平塚七夕祭りHIESスタッフの皆様に歓迎され、お世話になりました。今年は涼しいJAビルかながわ2F、市民活動センターで、昨年のテントの中での活動を思えば忙しい中でも大変気分良くAOTS、JICAのゲストと折り紙、書道、あやとり、剣玉、など日本文化を楽しみました。私のところに見えたゲストはインドネシアからの介護士になる強い意志を持った人達で日本語が上手で熱心に折り紙を楽しんで戴きました。折り紙の部にKSGG会員4名、習字の部にU会員の奥様が参加、お習字は立ち通しでの指導となり大変お疲れのようでしたが、帰りに一服してお互いの達成感を確認しあい帰途につきました。
☆ 介護福祉士候補生からインドネシア語を教わりました
自分のグループは男女12名の候補生とオブザーバー3人(親子)と会員6名で、飾りの下をくぐりながら写真を撮り合った。お昼は焼肉丼と海鮮丼の店に入り、しばし冷房の中で三々五々即席の日本語教室となった。自分は二人と話して、丁度座っていた畳について、わらをマット状にしてその上にイ草で編んだシートを表張りしたものと説明。日本の冬・夏の気候に適していることや古くなったり、汚れたら表だけ張り替えることなど話した。道中、インドネシア語を教えて貰った。暑い?大丈夫?という会話から、ティダアパアパ(大丈夫)を教わった。日本語のお疲れさま、というのは?このような表現はインドネシア語にはありません、との話。はて、それに替わる言葉は何でしょうか?
☆ 介護福祉士候補生の頑張る姿に感動!
当日は、真夏の太陽の
照りつける厳しい暑さでしたが、ゲストも私達も、熱中症にも迷子にもならず、一日を過ごすことができました。ランチを軽くすませ、IESのブースに移動しました。IESでは、例年通り、「剣玉」「習字」「折り紙」「あやとり」の指導をして頂いた。1週間前に来日したばかりなのに、一生懸命日本語で話し、漢字を書き、剣玉に挑戦します。彼らの頑張る姿には、感動すら覚えました。日本語の勉強で毎日テストがあり、当日もこれから帰って勉強ですとの事。4年をかけて介護福祉士に挑戦する彼らに、心からエールを送りました。日本文化にとても興味があるようなので、これからも、KSGGとして何かお手伝いが出来るような気がします。ガイドをしながらも、一日中彼らに元気をもらった一日でした。☆ 突然泣き出した なぜだろう
I会員とN会員と私の3名
でインドネシアン介護福祉士候補生7名を出迎えました。スラマッ・ダダン・ヒラツカ」(ようこそ平塚へ!)というとにっこり笑う。「スラマッ・シアン」(こんにちは)というと「スラマッ・シアン」と。彼女たちの年齢は20~30歳まで、3ヶ月程度の日本語をお国で学びやってきた。出身地は、ジャカルタ、スマトラ島、バリ島、ジャワ島バンドン市で介護活動をしてきた人たちで、あこがれの日本へ。彼女たちは実に物静かで、微笑が絶えない。混雑するので迷子にならないように説明しながら11:10「見付け台広場」に到着。11:10~12:00まで、彼女らを信頼し、冒険させ、好みの食事を自分で選び、中央通り「湘南スターモール」での自由行動を認めた。100円ショップに入るもの、ゆかたのお店を覗く人、みなの目が輝いていた。ソフト・クリームが美味しかったという者がいた。定刻12:00には、全員そろい再スタート。皆さんの元気な姿をお国の両親やお友達のために動画を撮影中だというと、レンズの前で、おどけたポーズをとっていた。IESのロビーで、バンドン市からやってきた彼女が、突然泣き出したのです。隣に座っていたお友達が聞き正すと「インドネシアのおじいちゃんに会いたくなった」のだと。やさしくしゃべる私が瓜二つに見えたのだとか。72歳で耳が遠く、いつも優しくしてくれるおじいちゃんなのだそうです。資格試験に合格するまで、大好きな日本の職場(横浜市、座間市、沖縄)で働きながら勉強するのだとか。私もいつの日にか、彼女たちの介護を受けることになるでしょう。